「HARASHIMA×棚橋弘至」は、なぜあれほど“かみ合わなかった”のか。
全然かみ合わなかったNE!
プロレスファンが驚いた世紀の一戦「HARASHIMA×棚橋弘至」が8.23DDT両国国技館大会で行われたわけだが、結果は棚橋が勝ったものの、何とも言えない後味の悪さを残した。お互いに、なにか悪いことをしたわけではないのに、どうも“出し切らない”試合になってしまったのは、セミという試合順も関係しているのかも知れない。それにしても選手自身にもフラストレーションを残したようだ。特に棚橋。
棚橋 俺は珍しく怒ってるよ。グラウンドで競おうとか、打撃で競おうとか、技で競おうとか。ナメたらダメでしょ。これは悪い傾向にあるけど、全団体を横一列で見てもらったら困るんだよ!(机を叩く)。ロープへの振りかた、受け身、クラッチの細かいところにいたるまで、違うんだから。「技が上手だね、マスクがいいね、筋肉が凄いね」じゃないところで俺らは勝負してるから。まあ、これくらいにして。すばらしい選手だと思うよ。すばらしい選手でした。
~~――最後、HARASHIMA選手に声をかけていたのは?
棚橋 ……俺もまだまだだな、と。HARASHIMA選手はこの団体のスターでしょ? スターをよりスターにとは思ってたんですけどね。まだまだ、非情になりきれなかったです。そこかな。ありがとうございました。
棚橋のコメントからは「もっと試合を盛り上げてやれた。団体の象徴同士のいいところ比べじゃなくて、一選手として上下関係を決める戦いになるべきだった」とも読める。一方でHARASHIMAは……
HARASHIMA 新日本プロレスのG1覇者の棚橋さんとの試合。やっぱりメジャー団体のトップだけあって、凄い強かったですね。なかなか崩せずに。でもやってみて、凄い悔しいですけど、楽しかったですね。機会があったら、またやってみたいですね。やられたままでは終わりたくないですね。
――力の差は感じましたか?
HARASHIMA 力の差? それは見た人が判断することじゃないですか。結果を見ればアッチの勝ちですけど、どう見るのか。
――自分のペースに引き込めましたか?
HARASHIMA 途中、いい場面もあったんですけど、あっちの懐も深いというか。まあでも、ホントに楽しかったですよ。
――試合後、棚橋選手がかなり怒ってらしたんですが?
HARASHIMA 怒ってた? ちょっとわからないですね。思い通りにできなかったんじゃないですか。まあ、僕はでも楽しかったです。負けたことだけが悔しかったです。新日本のトップ、メジャー団体のトップの人と試合して、何度も言いますけど楽しかったです。
いったら、「楽しかった」一辺倒だ。一夜明け会見でも「何に怒っているのか意味がわからないですね」と棚の主張に知らん顔。いや、HARASHIMAさんなんでね、天然の可能性は十二分にあるんですが…。
試合中の笑顔や仕草、試合後の所作を見るに、HARASHIMAは自分の良さを出す以上に、「いかに団体の格を落とさずにG1王者の棚橋弘至と試合を成立させるか」を考えていたように感じた。実際に凡戦となりHARASHIMAの格はこれ以上ないくらい堕ちたわけで、それは「選手の格」よりも「団体の格」を優先したということ。業を煮やした棚が、前述の努力をあきらめ、唐突なハイフライフロー2連発で試合を終わらせたように見えたのだ。結果、あの凡戦と、「NEXT」のない試合後のもやもやを生んでしまったと。
だからといって、私はHARASHIMAを責められないし、棚橋の怒りにも共感したいところはあった。これらの行動には原因があって、「DDTのリングで、しかもこの試合がセミファイナルだということ」「棚橋がプロレス大賞級のクオリティでG1を優勝したこと」「棚橋が飯伏に勝った試合から時間が近すぎたこと」「HARASHIMAがKOD王者でなくなったこと」などなど、数え切れないほど同情の余地があるわけ。
ヒントは「井の中のエース」という棚橋の言葉と、「井の中のエースを知らない」と返したHARASHIMAの言葉にそれぞれあったと思う。井の中からHARASHIMAを引きずり出して闘いたかったがそれを諦めた棚橋と、状況がそうさせたのか、本人の意志なのか、井の中で闘うことを選び、かつそれを全うして敗北したHARASHIMA。それが試合後のコメントからわかることなのだと。棚橋がHARASHIMAに伝えた「俺もまだまだだな」であり、HARASHIMAが敗れてなお繰り返す「楽しかったです」の意図だと勝手にかみ砕いている。
2人は共通点が非常に多い。同世代だし、学生プロレス出身で、とにかく自己鍛錬に余念がない。キャリアでは、常に団体の中心でありながら光だけ受けてきたわけではないし、高みを目指しすぎてどこか孤独だ。試合では相手のえぐい技を狂ったように受け続け、避けられる可能性の高いフィニッシャーをこれでもかと発射する。ご覧のように、試合後には世間を恐れず“いいわけ”を言うほどの負けず嫌いでもあるのだ。
風貌は別として、一定以上に似た要素を持つ選手同士の初対決は、スイングしないというのが私の経験則。個性は凸凹だからこそ、がっちりかみ合うというもの。でも、だからもうやらないのではなく、呆れるくらい繰り返すことで研磨され、驚くべき試合を生み出すことだってある。
あのような形で勝った棚橋は、もうやりたくないかもしれない。棚橋がやりたくても、新日本に送り出すメリットはないかも知れない。この先は、自らの格を落としたHARASHIMAの権威回復があるだけだ。早速HARASHIMAは、「どうとでも取れる曖昧な発言で逃げてないで、それは言ってくれればいいのに。でも自分はいつでも闘う準備ができているので。昨日のヒザも寝て起きたら治ったので。またDDTのリングでもいいですし、あっちのリングでもいいですし、今すぐにでも闘いたいですね」と、次戦要求ともとれるコメントを発している。
叶うことならば、今度はお互いに立場の違う状態で、かつ別の舞台で目にしたいもの。2017年、東京ドームのメインイベント。KO-D無差別級王者・HARASHIMA×IWGPヘビー級王者・棚橋弘至で。それはぜいたくというものかしら。でも、それぐらいの存在なわけ。新日本の頂点と、インディーの頂点の対決というのは。HARASHIMA×棚橋弘至は、これで終わりにするには、あまりにも切ないカードなのだから。